海外レスラーは名前や試合だけ追っていても、どんな人生を歩んできたのかまではなかなか見えてこないと感じたことはありませんか?カール・フレドリックスというレスラーについても、情報がバラバラで整理しづらいと感じている人は多いはずです。
そこで本記事では、カール・フレドリックスというレスラーのプロフィールから新日本プロレスやWWE NXTでの歩み、現在の活動までを一気に整理して紹介します。読み終えるころには、次に彼の試合映像を見るときに細かな所作や選択の意味まで想像しながら、より深く観戦できるようになっているはずです。
| 項目 | ざっくりポイント |
|---|---|
| 出身と経歴 | 米ネバダ州出身でLA道場一期生として頭角を現したレスラーです。 |
| 主な所属 | 新日本プロレスとWWE NXTを経て、現在はインディーで活動中です。 |
| 特徴 | ネイティブアメリカンのルーツと高い運動能力を生かしたオールラウンダーです。 |
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カール・フレドリックスというレスラーの基本プロフィール
カール・フレドリックスというレスラーのことを聞いたことはあるものの、年齢や出身地などの基本情報がごちゃごちゃになってしまうと感じている人もいるでしょう。最初に全体像を押さえておくと、新日本時代とエディ・ソープ時代の変化も自然と整理しやすくなるので、ここでカール・フレドリックスについての土台を固めてしまいましょう。
出身地や年齢などの基本情報
カール・フレドリックスは一九九〇年七月十五日生まれで、アメリカ合衆国ネバダ州リノ出身のプロレスラーであり、カール・フレドリックスという名前からは想像しづらいものの、ネイティブアメリカンのルーツを持つと公言しています。二〇一五年にプロデビューして以降、三十代半ばとなった今もなお精力的にリングに上がり続けており、キャリアの長さとコンディション管理の巧さが同居するレスラーがカール・フレドリックスなのです。
身長体重と体格から見たポテンシャル
カール・フレドリックスはおおよそ身長一八五センチ体重一〇〇キロ前後とされており、ヘビー級として十分なサイズを持ちながら俊敏さも兼ね備えているため、体格面だけ見ても将来性を感じさせるレスラーだといえます。日本のヘビー級と比べても見劣りしない体格でありながら、カール・フレドリックスはスピアーやドロップキックだけでなくロープワークも軽快にこなすため、試合のテンポが落ちづらいのが強みになっています。
リングネームとニックネームの意味
新日本プロレス時代は本名由来のカール・フレドリックス名義で戦い、WWEではエディ・ソープというリングネームに改名しましたが、このエディ・ソープという名前はネイティブアメリカンの伝説的アスリートであるジム・ソープへのオマージュだとされています。さらに新日本では「ネバダの猛獣」や「アルファウルフ」といったニックネームでも呼ばれ、カール・フレドリックスという存在が荒々しさと孤高の雰囲気を併せ持つキャラクターとして描かれてきました。
多彩なスポーツ歴とプロ入りまでの道
カール・フレドリックスはレスラーになる前からアメリカンフットボールやバスケットボール、陸上競技、水泳など複数のスポーツを経験しており、異なる競技で培ったフットワークや瞬発力が現在のリングワークにも色濃く生かされています。学生時代から身体能力の高さが目立っていたカール・フレドリックスは、地元インディー団体でキャリアをスタートさせたあと新日本プロレスのLA道場に合流し、本格的に世界規模のレスラーを目指すルートへ踏み出していきました。
カール・フレドリックスという人物像
リング上では強面で感情をあまり表に出さない印象もあるカール・フレドリックスですが、インタビューやSNSでは悩みや葛藤も率直に明かすタイプであり、ファンに対して弱さを含めた本音を見せようとする姿勢が特徴的です。とくに新日本プロレス退団前後やWWEでの起用への迷いを語った場面では、理想と現実のギャップに苦しみながらも前に進もうとする人間的な側面がにじみ出ており、カール・フレドリックスというレスラーを単なる筋肉質なファイター以上の存在として印象づけています。
こうした基本プロフィールを押さえておくと、カール・フレドリックスがなぜ各団体で期待値の高い存在として扱われてきたのかが見えやすくなります。次はカール・フレドリックスの名を広く知らしめたLA道場と新日本プロレスでの歩みを時系列で振り返り、その評価がどのように形成されていったのかを確認していきましょう。
LA道場と新日本プロレス時代の歩み

新日本プロレスで活躍していた頃のカール・フレドリックスを会場や配信で見ていた人にとって、彼がどのタイミングでステップアップし、なぜ退団に至ったのかは気になるポイントではないでしょうか。LA道場という特別な環境で育てられたカール・フレドリックスの新日本時代をたどると、期待の高さとチャンスの難しさが共存していたことが分かってきます。
LA道場一期生としてのスタート
カール・フレドリックスは二〇一八年に開設された新日本プロレスLA道場の一期生として柴田勝頼の指導を受け、カール・フレドリックスという若手の中でも特に期待値の高い存在として紹介されました。日本本隊のヤングライオンと同様に黒いショートタイツで基礎から叩き込まれたカール・フレドリックスは、STRONGのリングを中心に経験を蓄積しながら、アメリカ発の新日本スタイルを体現する象徴的な若手として注目されていきました。
ヤングライオン杯優勝と評価の高まり
二〇一九年のヤングライオン杯では、カール・フレドリックスは六勝一敗という好成績で優勝し、同大会で初の外国人優勝者という実績を残したことで一気に名前を広めました。日本のヤングライオンたちを押しのけて結果を出したカール・フレドリックスは、シビアな競争環境を乗り越えるポテンシャルを証明した格好となり、その後のワールドタッグリーグ出場などにつながる重要なターニングポイントを迎えています。
新日本退団までの経緯と心境
しかしカール・フレドリックスは、ヤングライオン卒業後に思うようなポジションを得られなかったことへの不満や葛藤をSNSで吐露するようになり、やがて二〇二二年夏に新日本プロレスとの契約が終了したことを明かしました。G1クライマックスへの出場機会が得られなかったことなどをきっかけに、より自分を必要としてくれる場所を探したいという気持ちが強くなったと語っており、この決断がカール・フレドリックスのその後のキャリアを大きく動かしていきます。
新日本プロレス時代のカール・フレドリックスを整理するうえでは、LA道場出身であることとヤングライオン杯優勝という二つの実績が特に重要です。これらの経験があったからこそ、カール・フレドリックスは世界的な団体であるWWEからも声がかかる存在となり、次のステージであるNXTへと進む土台を手に入れたといえるでしょう。
| 年代 | 主な出来事 | 所属 | カール・フレドリックスの立場 |
|---|---|---|---|
| 2018年 | LA道場入門 | 新日本プロレス | 柴田門下のヤングライオンとして基礎を徹底的に学ぶ時期でした。 |
| 2019年 | ヤングライオン杯優勝 | 新日本プロレス | 外国人初優勝で将来のエース候補と見なされるようになりました。 |
| 2020年 | NJPW STRONG中心に活躍 | 新日本アメリカ | カール・フレドリックスの試合は配信を通じて世界に届き始めました。 |
| 2021年 | STRONGのメインにも抜擢 | 新日本アメリカ | 地方開催ながらメインで起用され、信頼度の高さが示されました。 |
| 2022年 | 新日本との契約終了 | フリー | カール・フレドリックスは次のキャリアを求めて大きな決断を下しました。 |
このように年表を眺めると、カール・フレドリックスの新日本プロレス時代は着実に階段を上がっていきながらも、途中で天井にぶつかってしまったキャリアとも言えます。だからこそカール・フレドリックスがWWEと契約したニュースは、新しい環境でどこまで羽ばたけるのかを期待させる大きな話題となりました。
エディ・ソープとしてのWWE NXT時代
新日本からWWEに移ったと聞くと、カール・フレドリックスがどのようにキャラクターを変え、どこまでNXTで存在感を示せたのかが気になる人は多いでしょう。ここからはエディ・ソープ名義となったカール・フレドリックスのNXT時代に焦点を当て、デビューからタイトル戦線までを振り返っていきます。
WWEとの契約とNXTデビューまで
カール・フレドリックスは二〇二三年初頭にWWEと契約し、パフォーマンスセンターを経てNXTブランドに合流し、しばらくしてエディ・ソープという新たなリングネームでテレビデビューを果たしました。NXT Level UpやNXT本編でダンテ・チェンやマイルズ・ボーンらと対戦を重ねる中で、カール・フレドリックスとして培ったストロングスタイルとWWE流の見せ方を両立しようとする姿が印象的でした。
ネイティブアメリカンキャラクターの表現
エディ・ソープ時代のカール・フレドリックスは、入場時のダンスやコスチューム、ストーリーテリングを通じてネイティブアメリカンのルーツを前面に押し出すキャラクター作りに挑戦しました。自分のルーツを誇りに思う一方で、「また人種ネタかと思われないか」という葛藤もインタビューで明かしており、カール・フレドリックスはキャラクターとリアルな自分とのバランスに悩みながらも前向きに取り組んでいたとされています。
タイトル戦線とNXTで残した実績
カール・フレドリックスはエディ・ソープとしてNXT王座戦線にも絡み、ストラップマッチなどハードなルールの試合でトリック・ウィリアムズらと激しい攻防を繰り広げることで存在感を示しました。王座戴冠こそ実現しなかったものの、アイアン・サバイバー・チャレンジの出場権をかけた戦いに勝ち上がるなど、カール・フレドリックスはNXTの中堅から上位に食い込む位置まで評価を高めたと言えるでしょう。
WWEという巨大な舞台に立ったことで、カール・フレドリックスは世界中のファンに名前を知ってもらう機会を得ましたが、その一方で自分らしい表現がどこまで許されるのかに悩むことも増えていきました。次の章では、そんなカール・フレドリックスが自ら選んだWWE退団後のキャリアと、現在どのような活動をしているのかを追いかけていきます。
WWE退団後の現在と今後の可能性

エディ・ソープとしての活躍を知っている人にとって、カール・フレドリックスがなぜWWEを離れたのか、そして今どこで何をしているのかは一番気になる部分ではないでしょうか。ここでは退団理由から現在のインディーでの動き、リング外での活動までをまとめ、カール・フレドリックスの今後の可能性を考えてみます。
自ら選んだWWE退団という決断
カール・フレドリックスは二〇二五年春にWWEを退団しましたが、一連の報道や本人の発言によれば、これは一方的な解雇ではなく自らリリースを要請した結果として実現したものだとされています。自分のキャラクターやストーリーラインが十分に活用されていないと感じていたカール・フレドリックスは、より意味のある表現を追求したいという思いから、新しい環境での再出発を選んだと語っていました。
インディーでの試合と新たな挑戦
WWE退団後のカール・フレドリックスは再び本名名義でインディー団体に参戦し、アメリカ西海岸のプロモーションなどを中心に試合を重ねながら、自分のスタイルを自由に表現できる場を広げています。テレビ放送こそ減ったものの、カール・フレドリックスはSNSや現地ファンとの距離の近さを武器に、インディーならではの濃い試合とコミュニケーションで支持を保ち続けていると言えるでしょう。
音楽活動や私生活も含めたライフスタイル
もともとDJとしても活動していたカール・フレドリックスは、WWE在籍時から音楽方面の仕事にも携わっており、リング外での表現の場も積極的に広げてきました。恋人である女子レスラーとの生活や音楽活動など、カール・フレドリックスの日常はプロレスだけにとどまらない広がりを見せており、その多面的なライフスタイルが今後のキャラクター作りにも影響していくと考えられます。
このようにWWE退団後のカール・フレドリックスは、テレビの露出こそ減ったものの、自分でキャリアをデザインするフェーズに入ったと言ってよさそうです。今後もインディーで経験を重ねたカール・フレドリックスが再び大手団体に戻るのか、それともフリーとして独自の道を歩み続けるのかは、ファンとして長期的に見守りたいポイントです。
ファイトスタイルと代表的な試合の見どころ
プロフィールや経歴を知ったうえで、実際にカール・フレドリックスの試合を見るとき、どこに注目すればより楽しめるのか気になる人も多いでしょう。ここではファイトスタイルの特徴と代表的な試合の見どころをまとめ、カール・フレドリックスの試合をより立体的に味わうための視点を整理します。
打撃とグラウンドをつなぐオールラウンダーぶり
カール・フレドリックスのスタイルは強烈なショルダータックルやスピアーといったパワフルな打撃に加え、スリーパーや関節技も織り交ぜるオールラウンダー型であり、展開の幅広さが大きな魅力です。ヤングライオン時代の基本技主体のスタイルから、エディ・ソープ期のNXTではラフさとスピードを増した攻めに変化しており、試合を重ねるごとにカール・フレドリックスがスタイルをアップデートしている様子がよく分かります。
得意技マニフェストデスティニーの魅力
カール・フレドリックスの代名詞的フィニッシュとして知られるのが、変形DDT系の技であるマニフェストデスティニーで、相手の頭部と首に集中的なダメージを与えるのが特徴です。ヤングライオン卒業後にこの技を解禁したカール・フレドリックスは、試合中盤のボディへの攻めやバックブリーカーなどからマニフェストデスティニーにつなげることで、一気に勝負を決める説得力のあるフィニッシュパターンを構築してきました。
新日本とNXTそれぞれの名勝負を押さえる
新日本時代のカール・フレドリックスを代表する試合としては、ヤングライオン杯での連戦やKENTAとの対戦が挙げられ、若さと荒々しさが前面に出たファイトが楽しめます。NXTではトリック・ウィリアムズとのストラップマッチやDijak戦など、エディ・ソープ名義のカール・フレドリックスがルールの厳しさも含めた激闘を繰り広げており、同じ選手でも団体やルールが変わると見え方が大きく変化することを教えてくれます。
代表的な試合や技を整理したうえでカール・フレドリックスの映像を見返すと、一つひとつの動きや表情の意味が見えてきて観戦体験が大きく変わります。最後にカール・フレドリックスというレスラー像をあらためてまとめつつ、今後どのように追いかけていくと楽しめるかを整理して締めくくりましょう。
- カール・フレドリックスの試合を見るときは、序盤の基礎的な攻防から終盤の爆発力へのギアチェンジに注目すると、学生時代からのスポーツ経験がどのように生かされているかが分かります。
- 新日本時代とエディ・ソープ時代を見比べると、カール・フレドリックスが団体ごとのカメラワークや客層に合わせて技選択やアピールを変化させていることが伝わり、適応力の高さが見えてきます。
- インディーでの最近の試合を追う際には、カール・フレドリックスがより自由な立場でどのような技や構成を試しているのかに注目すると、次の大舞台に向けた試行錯誤の一端を感じ取れます。
- ネイティブアメリカンとしてのルーツを大事にする姿勢は、カール・フレドリックスの入場やコスチューム、試合後のコメントなどにも表れており、文化的な背景を踏まえて見ると説得力が増します。
- 悩みや葛藤を隠さず語る姿勢もカール・フレドリックスの魅力であり、インタビュー内容を踏まえて過去の試合を見返すと、当時どのような感情でリングに立っていたのかを想像しやすくなります。
- LA道場同期の選手たちとの比較を意識しながらカール・フレドリックスのキャリアを見ると、同じスタートラインからどのように道が分かれていったかが分かり、プロレス界の厳しさも垣間見えます。
- 王座戴冠経験こそないものの、要所でビッグマッチに抜擢されてきたことから、カール・フレドリックスが大舞台でのパフォーマンス能力を高く評価されていることも押さえておきたいポイントです。
こうした視点を頭に入れて試合を見ていくと、カール・フレドリックスというレスラーの歩みが単なる勝敗表以上に立体的に感じられるようになります。今後も各地のリングで新たな代表試合を増やしていくであろうカール・フレドリックスのキャリアを、自分なりの視点で追いかけていくと観戦が一層楽しくなるでしょう。
まとめ
カール・フレドリックスというレスラーは、新日本プロレスLA道場でヤングライオンとして頭角を現し、WWE NXTでエディ・ソープ名義のキャラクターに挑戦し、現在はインディーで自分らしい表現を模索している存在です。複数の団体での実績やインタビュー内容をたどると、常に環境の変化を受け入れながらも、自分のルーツとスタイルを貫こうとしているカール・フレドリックスの芯の強さが見えてきます。
この記事をきっかけに、カール・フレドリックスの新日本時代、NXT時代、インディーでの現在という三つのフェーズを意識して試合を観ることで、技の選択や表情、コメントの裏側にある意図を想像できるようになるはずです。気になった試合や時期を一つ決めて掘り下げていくと、自分だけのカール・フレドリックス観が育ち、プロレス観戦そのものの解像度も高まっていくでしょう。


