昭和プロレスを振り返ると、技術の高さよりも存在感やネタ性で記憶されるレスラーがいて、その代表格がラジャライオンという異色レスラーだと感じる人は多いはずです。あのジャイアント馬場との異種格闘技戦を一度は見たことがあるものの、ラジャライオンの正体や実績について詳しくは知らないままではありませんか?
- ラジャライオンの身長226センチのプロフィールと経歴
- ジャイアント馬場との異種格闘技戦の流れ
- ラジャライオンが語り継がれる理由と楽しみ方
この記事ではラジャライオンという異色レスラーのプロフィールや試合内容、当時の全日本プロレスの状況を整理し、どんな意図であの一戦が組まれたのかをわかりやすく伝えていきます。読み終えたときにはラジャライオンの映像を見返したくなり、迷レスラーとしてだけでなく昭和プロレス史を映す鏡としても味わえるようになるはずです。
ラジャライオンという異色レスラーの基本プロフィール
ラジャライオンという異色レスラーの輪郭をつかむには、パキスタン出身の空手家として紹介されたプロフィールを丁寧に追い直すことが欠かせません。プロフィールを押さえておくと、なぜ全日本プロレスがラジャライオンを大きな期待を込めて招聘し、ジャイアント馬場の相手に抜擢したのかという流れも自然に見えてきます。
パキスタン出身の空手家から全日本プロレス練習生へ
ラジャライオンという異色レスラーは1966年生まれのパキスタン出身で、自らをパキスタンの空手王者と名乗りつつプロレス界に姿を現した人物として知られています。1987年にジャイアント馬場への挑戦状を送り異種格闘技戦で来日したのち、全日本プロレスのマットに慣れるためラジャライオンは練習生として入門しますが正式デビューには至りませんでした。
公称226センチの長身と「パキスタンの巨人」という触れ込み
ラジャライオンという異色レスラーのインパクトを決定づけたのが公称身長226センチ体重115キロというモンスター級の体格で、ニックネームにはパキスタンの巨人というわかりやすいキャッチが与えられていました。この数字はアンドレ・ザ・ジャイアントをも上回るサイズとして強調され、全日本プロレスはラジャライオンの巨体を前面に押し出すことで異種格闘技戦の看板をいっそう派手に見せようとしたのです。
ラジャライオンの格闘技歴と「バンドー空手」表記の意味
ラジャライオンという異色レスラーは来日時にバンドー空手のチャンピオンと紹介されましたが、このバンドーとは本来ミャンマー系武術を指す言葉であり、実際のキャリアは今も謎の部分が多いとされています。とはいえ一部の証言では本当に黒帯クラスの武道経験者だったとも語られており、ラジャライオンのキャラクターは誇張された触れ込みと一定の実戦経験が混ざり合ったものだったと考えるのが妥当でしょう。
リングネームと本名にまつわる複数の情報
ラジャライオンという異色レスラーの本名はリアズ・アーメッドとされる一方で、海外の資料ではマリク・モハンマド・リアズやムハンマド・マリク・カーンといった別名義も確認されています。日本のファンにとってはラジャライオンのリングネームと「パキスタンの巨人」というキャッチコピーだけが強く残り、本人の素顔や出自はベールに包まれたまま都市伝説のような扱いになっていきました。
ラジャライオンの来日後の活動と映画出演
ラジャライオンという異色レスラーは馬場戦後に本格的なプロレスラー転向を目指しましたが、全日本プロレスでの正式デビューを果たせないまま短期間でリングから姿を消します。その後はストロング金剛らと共にアクション映画に出演した記録や、バラエティ番組で行われたラジャライオン捜索企画などが断片的に残り、ファンは限られた手掛かりをつなぎ合わせて彼の人生を想像し続けているのです。
ここでラジャライオンという異色レスラーの基本情報を一望できるように、来日時点を軸にしたプロフィール表を整理しておきます。数字や肩書きを一覧にしておくと、ラジャライオンがいかにインパクト重視で売り出された存在だったかがより立体的に見えてくるはずです。
| 項目 | 内容 | 時期 | 補足 |
|---|---|---|---|
| リングネーム | ラジャ・ライオン | 1987年 | 全日本プロレスで使用された名義 |
| 本名 | リアズ・アーメッド系の名前 | 1966年生 | 複数表記があり詳細不明 |
| 身長体重 | 226センチ・115キロ前後 | 来日時公称値 | 「パキスタンの巨人」の根拠となる数字 |
| バックボーン | 空手およびバンドー系武術 | 来日前 | ラジャライオンの異種格闘家イメージを形成 |
| 所属 | 全日本プロレス練習生 | 1987年 | 馬場戦後に本格参戦を目指すも未デビュー |
| 映像作品 | アクション映画への出演 | 1989年前後 | ラジャライオンが俳優的な活動も行った記録 |
こうして整理するとラジャライオンという異色レスラーは、詳細な経歴こそ不明ながらも「超長身のパキスタン人空手家」という記号が優先された人物だったことが見えてきます。同時に公称データやキャッチコピーの隙間にこそラジャライオンの人間味が漂っており、ファンが長年語り続ける余地を残したことも伝説化を後押ししたと言えるでしょう。
ジャイアント馬場との異種格闘技戦を時系列で振り返る

ラジャライオンという異色レスラーを語るうえで避けて通れないのが、1987年6月9日に日本武道館で行われたジャイアント馬場との異種格闘技戦です。この一戦の経緯を時系列で追うと、なぜ全日本プロレスがラジャライオンを大舞台に上げる決断をし、結果として迷試合のように語られながらも歴史的な意味を持つカードになったのかが見えてきます。
挑戦状から会見までに描かれた物語
ラジャライオンという異色レスラーの物語は、パキスタンからジャイアント馬場宛に送られた挑戦状で一気に加速し、「あなたの試合をテレビで見て強さに感銘を受けたので挑戦したい」といった文面が話題を呼びました。全日本プロレスは当初様子見の姿勢を取りつつもラジャライオンを呼び寄せて会見を開き、馬場との対戦を前提とした異種格闘技戦ストーリーとしてファンに提示していったのです。
公開スパーリングで見えたラジャライオンの強さと課題
来日したラジャライオンという異色レスラーは全日本プロレス道場で公開練習を行い、キックミットへの強烈な蹴りで格闘家らしさをアピールしました。ところがレスラーの川田利明とのスパーリングでは膝蹴りこそ当てたものの寝技への対応力不足を露呈し、ラジャライオンの実力をどうマットで見せるかという課題が関係者の間でささやかれるようになっていきます。
特別試合として組まれた日本武道館での一戦
最終的にラジャライオンという異色レスラーは、全日本プロレス十五周年記念シリーズの日本武道館大会でジャイアント馬場と対戦する特別試合の相手として発表されました。ルールは三分十ラウンド制の異種格闘技戦で、KOかギブアップによる完全決着方式とされ、ラジャライオンの蹴りと馬場のプロレス技が交錯する図式が強く打ち出されたのです。
ここから先は実際の武道館大会での流れを、ラジャライオンという異色レスラーの動きを中心に段階的に整理してみます。ポイントごとに押さえておくと、試合映像を見たときに「なぜここで失笑が起きたのか」「馬場が何を狙っていたのか」といった細部まで読み解きやすくなるでしょう。
- 第1ラウンド序盤はラジャライオンが前蹴りやハイキックを連発するも、何度も足を滑らせて転倒してしまう
- ラジャライオンの蹴りは馬場のガードに阻まれ、大柄な体が空回りしている様子に観客席から失笑が漏れる
- ラジャライオンが必殺のように放つトラースキックも軸足が崩れて自ら転ぶ形になり、試合の空気は一気にコミカルなものになる
- 第2ラウンドに入ると馬場が距離を詰め、ラジャライオンのミドルキックをキャッチしてテイクダウンを奪う場面が増えていく
- グラウンドになるとラジャライオンは防御に精一杯で、プロレス流の受け身やポジション取りに対応しきれない様子がはっきりと見えてくる
- やがて馬場が得意のボディシザースから腕挫十字固めへとつなぎ、ラジャライオンは逃げ場を失ってタップアウトを選ぶ
- 試合後には乱入劇も挟まれ、ラジャライオンは勝者の馬場と同様に襲撃対象となることで「プロレスの一員」として扱われた形で物語を締めくくる
このタイムラインからわかるようにラジャライオンという異色レスラーは、打撃主体のファイターとして見せ場を作ろうとしつつも、実際の試合では足を滑らせる動きが強く印象に残りました。結果として馬場がプロレス的な間合いとグラウンドテクニックで完封する構図になり、ラジャライオンは敗者でありながらも「滑って転んだ巨人」として語り継がれる独特のポジションを得たのです。
ラジャ・ライオンのファイトスタイルと代表技の特徴
日本のファンがラジャライオンという異色レスラーを思い出すとき、多くはジャイアント馬場戦で見せた蹴り技やぎこちない動きがセットで脳裏に浮かびます。ファイトスタイルの特徴を整理すると、ラジャライオンが決して一流の打撃格闘家ではなかったとしても、あのサイズならではの迫力とプロレス的な面白さの両方を備えた存在だったことがよりはっきりしてきます。
長いリーチから繰り出されるハイキックの迫力
ラジャライオンという異色レスラーの武器として最初に紹介されたのが、226センチの長身から振り下ろされるハイキックや前蹴りの破壊力でした。実戦映像を見てもフォーム自体はぎこちないものの、蹴りが空を切るだけで馬場の顔面付近まで大きく空間がえぐられ、もしラジャライオンの蹴りがクリーンヒットしていれば危険だったと感じられるだけのポテンシャルは十分に伝わってきます。
伝説となったトラースキックと自滅気味の転倒シーン
ラジャライオンという異色レスラーを象徴する場面として語られるのが、渾身のトラースキックを放った瞬間に自ら足を取られて転倒してしまうシーンです。大男が勢いよく回転しながら倒れ込む姿はプロレス的には強烈なコメディになってしまい、ラジャライオンの真剣な攻撃であるにもかかわらずファンの記憶には「滑って倒れた伝説の巨人」として焼き付く結果になりました。
グラウンドへの対応力とプロレスの受け身文化とのギャップ
ラジャライオンという異色レスラーは立ち技でこそ存在感を発揮しましたが、テイクダウンされてからの対応力には明らかな課題がありました。プロレスラーが体得している受け身技術や間合いの作り方に慣れておらず、ラジャライオンは寝技に引き込まれた瞬間から動きが固くなり、最終的には馬場のボディシザースからの腕十字に無抵抗に近い形で捕まってしまったのです。
こうしたスタイルの特徴を踏まえると、ラジャライオンという異色レスラーは「本物の格闘家がプロレスのリングに上がった」というよりも、「ある程度の打撃経験を持つ超長身の人物がプロレス流にアレンジされていた」と見るのが現実的です。完璧な強さとは程遠い存在だったからこそ、ラジャライオンは技の説得力よりも不器用さと迫力のギャップでファンの印象に残り、迷レスラー的な人気を獲得していったと言えるでしょう。
迷レスラーとして語り継がれる理由と当時の全日本プロレス事情

ラジャライオンという異色レスラーは試合数こそ少ないにもかかわらず、昭和プロレスファンの間で今なお頻繁に名前が挙がる存在です。当時の全日本プロレスが置かれていた状況や、ライバル団体との比較を踏まえて眺めると、ラジャライオンが単なる一発ネタではなく団体のメッセージを背負ったカードの象徴だったことが見えてきます。
UWFブームと新日本プロレスの異種格闘技路線との対比
ラジャライオンという異色レスラーが登場した1980年代後半の日本マット界では、UWFのリアルファイト志向や新日本プロレスの異種格闘技戦が大きなブームを巻き起こしていました。この流れの中で全日本プロレスはあくまでプロレスをプロレスとして見せる姿勢を貫こうとし、ラジャライオンを起用した馬場の異種格闘技戦は「プロレスは最後にきちんと試合として制する」というメッセージを静かに打ち出す役割を担っていたのです。
全日本プロレスがラジャライオンに託した期待と限界
当時の全日本プロレスは長州力の離脱や輪島大士の伸び悩みなどで話題作りに苦しんでおり、ラジャライオンという異色レスラーには新たな目玉としての期待も込められていました。とはいえ技術的には発展途上のまま大舞台に上がったため、ラジャライオンはプロレス的な完成度よりも企画性先行の象徴と見なされ、結果として団体の苦悩まで映し出す存在になってしまった側面も否めません。
メディアとファンが育てた「迷レスラー」像
試合内容だけを見ればラジャライオンという異色レスラーは一方的に敗れた挑戦者に過ぎませんが、雑誌やテレビ番組はそのぎこちない動きや素性の曖昧さを面白おかしく取り上げました。やがてラジャライオンの名前は「滑って転ぶ巨人」や「どこに行ったかわからない謎の格闘家」といったイメージと結びつき、ファンの間で愛すべき迷レスラーとして語られ続ける独自のキャラクターへと育っていったのです。
このような背景を踏まえるとラジャライオンという異色レスラーは、実力で名勝負を量産したタイプではなく時代の空気と団体事情が生んだ象徴的なキャラクターだったと理解できます。同時にジャイアント馬場があえてラジャライオンと異種格闘技戦を行いプロレス技術で完勝してみせた構図には、リアル志向ブームに対する静かなカウンターとしての意味合いも重なっており、そのことが今なおファンにとって語りがいのあるテーマになっているのです。
映像やエピソードで楽しむラジャ・ライオン観戦ガイド
ここまでラジャライオンという異色レスラーのプロフィールや試合背景を整理してきましたが、最終的には映像をどう楽しむかがファンにとっていちばん大切なポイントです。同じ試合でも視点を変えて見返すことでラジャライオンの印象は大きく変わり、迷レスラーとして笑うだけでなく昭和プロレスの奥行きを感じられる観戦体験へとつながっていきます。
まずは馬場戦を通しで見て試合全体の流れをつかむ
ラジャライオンという異色レスラーの魅力を理解する第一歩は、日本武道館でのジャイアント馬場戦を通しで落ち着いて見ることです。あえて技の粗さを笑い飛ばすのではなく、ラジャライオンが最初は堂々と構えながら次第に焦りや戸惑いを見せていく心理の揺れに注目すると、試合全体がドラマとして立ち上がってくるのを実感できるでしょう。
二度目は技の細部や表情の変化にフォーカスしてみる
二回目以降にラジャライオンという異色レスラーの試合映像を見るときは、トラースキックの踏み込みやガードの位置、倒れたあとの表情といった細部に目を向けるのがおすすめです。ラジャライオンの動きがいかに不器用であっても必死さだけはしっかり伝わってきますし、その必死さが馬場の落ち着きやプロレス的な余裕を際立たせている構図に気づくと観戦の味わいはぐっと深まります。
映画出演やバラエティ企画からその後の姿を想像する
リングを離れたあとのラジャライオンという異色レスラーは、アクション映画での悪役的な立ち位置やバラエティ番組での捜索企画といった断片的な情報を残しています。これらのエピソードを知ったうえで試合映像を見返すと、ラジャライオンが単なる一発屋ではなくマットの外でも大柄な体とキャラクター性を武器に生きようとした人物だったのではないかと想像でき、画面の中の一挙手一投足にも人間味がにじんで見えてくるはずです。
こうした観戦の工夫を重ねるとラジャライオンという異色レスラーは、笑える試合の主役から「不器用なままプロレスの世界に飛び込んだひとりの挑戦者」として心に残る存在へと姿を変えます。実際に何度か見返して自分なりの見方を育てていけば、ラジャライオンは昭和プロレス史を語るうえで欠かせないユニークなピースとしてあなたの中に定着していくでしょう。
まとめ
ラジャライオンという異色レスラーは、公称226センチの巨体と空手王者という触れ込みで現れ、ジャイアント馬場のキャリア唯一の異種格闘技戦の相手として強烈な印象を残しました。試合内容や当時の全日本プロレスの状況を踏まえて映像を見返すことで、ラジャライオンは単なる迷レスラーではなく、リアル志向ブームの時代にプロレスの価値を逆説的に示した象徴的な挑戦者だったのだと自分なりの理解を深められるはずです。


